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蛇の寺の話
 
紫南宮の「双蛇護廟(2頭の蛇が廟を守る)」及び「
小竜会(小竜の会合)」の神による奇跡
改築 民国69年(1980年)、紫南宮が時代を越えて古いですから
、廟側は日々に多くなっていく参詣者の安全を配慮したため、当時
の大公街5隣の地元の住民の推進によって、「紫南宮」(大公街土
地公廟)を改築することを開始して、またその同年に「改築委員会
(重建委員会)」を改選しました。
 
寺院を改築するにはその事務と祭の礼儀がわからなければならない
から、皆さんにより当時家に祭壇があり、廟の建築の細部に詳しく
わかり、またその当時に雲林の水利組合の代表だった荘其炎さんを
推薦し、改築委員会の主任委員を担当しました。そんな資金不足の
状況では、荘其炎さんの民衆に奉仕する勇気が本当に尊敬されるも
のです。
 
その後、紫南宮により資金募集をして、その里の人々が自由に献納
して、ようやく民国70年(1981)の旧暦の9月26日から起工して
、71年(1982)11月に完工しました。民国72年(1983)の年初にそれ
を「紫南宮管理委員会」に改めて、荘其炎さんが最初の主任委員と
して推選されました。
 
「双竜護廟の神による奇跡」
民国70年の旧暦9月26日に紫南宮の改築を起工し、当時は廟の方面
に南投市民の林昇輝が紫南宮の屋根の取り払う人員として雇用され
、その取り払っている途中、すでに中空になって樹皮だけ残るセン
トラル柱から2頭のアームほど太い蛇が這い出て、林昇輝がそれに
驚かせて、ついにその1頭を打って卒倒させました。村民の許金環
がそれを見るとすぐに止めて、「これが土地公の廟を守護する柱の
蛇で、土地公を守る将として、殺してはいけない」と皆さんに知ら
せました。それで、もう1頭の蛇はもう行方がわからなくなったが
、卒倒した「蛇」もそのおかげで居民たちに土地公の座席の後ろにあ
る霊穴に置かれて、後でもその姿が消えたのです。一方、工人の林昇輝はその蛇を打った後、仕事にやる気がなかったので自宅に帰った
ようになって、妙な話ですが、その翌日から彼はベッドから起きることができなくなり、1週間経っても働くができないから、林さんの
奥様が非常に不安になって、居民の教えの通りに供え物を用意して紫南宮に土地公を祭りに来て、また林昇輝の意図的でない過失を容赦
することを願いました。その後、林昇輝が薬も飲まなくて癒して、紫南宮に働くに復帰したのです。
 
「小竜会の神による奇跡」
改築の工作がまた続いています。廟の方面は土地公の意思の通り
に、土地公の座席の後ろのブラック塀とその後ろの霊穴を保留し
ました。
 
ある日、コミュニティの住民の荘庚和と陳栄利の二人を誘って、
廟の基盤を掘削し、その作業が順調に完成させましたが、翌日の
朝に仕事を続けようとした時には、基盤の溝には、色々な小さな
蛇がたっぷり集まって、溝の壁のあちこちでも滑らかな穴があり
ます。こんな「小竜の会合」の現れたことが、人たちに全然どう
すれば良いのか、さえわからなくなったのです。
その後、当時の改築委員会の副主任委員だった陳俊郎さんに頼みました。陳副主任委員はそれを見ると、焼香して土地公の助けを願って
、工程を続けられるようになることを希望しました。擲筊によって指示を求めたら、蛇をちりとりで神様の座席の後ろにある霊穴に移っ
て、また妙な話ですが、その後は、それらの小さな蛇も、それぞれに行方がわからなくなり、改築の工事も順調に進められたのです。